南米紀行目次へ
8月 3日(月) 「リマ」(ペルーの首都)
8月 4日(火) 大統領官邸見学
8月 5日(水) インカ族の歴史、文化の宝庫「クスコ」へ
8月 6日(木) 謎の空中都市「マチュピチュ」へ
8月 7日(金) ナスカの地上絵見学
8月 8日(土) サンパウロ市へ
8月 9日(日) 島根県人会交流センターの竣工式
8月10日(月) リオデジャネイロへ
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8月6日(木)謎の空中都市「マチュピチュ」へ
謎の空中都市マチュピチュの中心地 |
早朝、ホテルを出て第三の目的地マチュピチュに向かった。謎の空中都市「マチュピチュ」はクスコから列車で3時間20分、そこからバスに乗り継ぎ、急峻な山道を40分登って行ったところがマチュピチュの遺跡である。マチュピチュの高度は 2,400m。今では鉄道を利用し、バスで山道を登って行くのだが、インカの時代はクスコから尾根伝いに歩いて、マチュピチュに来たようである。1911年、アメリカの歴史学者ハイラム・ビンガムによってこの遺跡が発見された。だがそのときには黄金(埋蔵品等)は残っていなかったようである。
山腹を切り拓いた段々畑、中心地の神殿跡、街工場、住居跡等がコンパクトにまとまっている。この急峻な山の遺跡が都市であったのか、要塞であったのか、儀式(お祭り)を行う場であったのか、定説はないようだ。また、このような遺跡は、クスコからマチュピチュまでの間に、チンチェロ、オリャンタイタンボ等があり、奥地にもたくさんの遺跡があるという。スペイン人に追われたインカ人達は、さらに奥地に追われ逃げのびていった跡かもしれない。
昨日より幾分かは気分が良くなったが体調は十分とは言えない。こんな中、実に探検家のような鈴木智子さんに遺跡のあちこちを案内してもらった。私は残念ながら途中でリタイヤせざるを得なかった。
私たちは、今度は山頂から下りのバスに乗った。つづら折りになった山道を降りていくのだが、そこで面白い出来事があった。その幾重もの屈折点ごとに、毎回同じインディオ衣装の少年が先回りして、「グッバァーイ・サヨーナァラー」とバスに向かって手を振って見送っている。ガイドさんの説明によると少年達は、バスごとに担当が定められ、急傾斜の山肌、道もない木立の中を駆け下りてバスを迎えているようだ。最終地点では、バスに乗り込んできて愛嬌を振りまき客からチップをもらって行く。
再びクスコの街に帰ったのは、この日もすでに夜の7時に近い頃であった。
夜は、ガイドの鈴木智子さんの友人(店主は日本から来た若い女性)が経営するレストランで久々の日本食を楽しんだ。
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