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今年の夏は、大変な猛暑が日本列島を包み込んだ。こんな日本を後に、8月下旬から南アフリカに向けて暑さ逃避の旅行をすることとした。(主催:中央新報トラベル) 昨年から、アフリカの北部とアフリカ西部の国へ旅行してきたので、今回は南アフリカを目指すことにした。丁度、アフリカ大陸を逆トライアングルの外周部から眺めようということである。ぐあいよく南アフリカの5〜8月は冬期 ―― 冬期とはいっても日本の冬よりかなり暖かく快適な時期のようである。
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![]() ![]() 関空〜香港〜ヨハネスブルグ〜ケープタウンと、実搭乗時間20時間というかなりの強行なスケジュールである。
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残念ながらケープタウンは曇りのあいにくの天気である。 現地ガイドのエドワードさんと空港で落合った。元裁判官という肩書きで、大変威厳のあるおじいさんであった。
専用車でケープタウンの街に向った。真っ先に目についたのが空港の周辺のスラム街であった。人口の約1/4がスラム街の人々というから、大変な国であると思った。因に、スラム街の人たち一世帯の生活費は3,000ランド(1ヶ月分)ぐらい。そのうち、500ランドは政府の援助、水道、電気も政府の支援という。※1ランド=12.57円(11/21現在) やがて、ケープタウンの市内に入った。先ず郊外にある、ステレンボッシュのワイナリー工場に行った。ブドー畑の中にある、カヤ葺き屋根と白壁の工場が周囲の景色にマッチしてとても素晴らしい。ワインの試飲よりも工場周辺の佇まいの方がよっぽど気に入った。
ステレンボッシュは、南アフリカで2番目に古い街で、街路樹のオーク(樫の類)がとても美しい街である。別名“オークの街”とも呼ばれている。街の中心部にステレンボッシュ大学、市役所、そして近くに民族博物館、教会などがある。下車し、民族博物館を見学した。この街も古い建物は、カヤ葺き屋根に白壁というコントラストがとてもエキゾチックで印象的である。
南アフリカ西部の先住民は、コイサン系、東部はバンドゥー系だったが、1652年オランダが入植しケープ植民地を形成して以来、フランス、ドイツからの移民が続き、独特の言語「アフリカーナ」を形成した。その後、イギリスの植民地化が強くなり1814年には、イギリス領になった。その後、1961年南アフリカ共和国として独立した。
ケープタウンは、350年前からヨーロッパとアジアの航海の寄港地として栄えた街で、白人の比率が非常に高く(一番多いのはカシード混血人)、人口はヨハネスブルグの半分ぐらいの都市である。 ケープタウンの中心地にケープタウン駅がある。駅前通りに面して、国会議事堂、市役所、税務署、博物館、美術館、図書館などがあり、町の横には城跡(石垣のみ)もある。
教育は、6:3:3制。言語は英語とアフリカ語を用いている。 物価は安い!日本の1/4ぐらいの価格である。そして魚類が豊富な街である。特に、水がきれいで水道水が飲めるというのも外国では珍しい。(南アフリカ全土) 2004年開催のオリンピック誘致に名乗りをあげたが落選してしまったことは記憶に新しいところである。夜は、港の近くにあるショッピングモールを散策、その後夕食会場へと向った。ガイドさんが夕食会場を間違えたのも面白い?同じ名前の店が二つあるとかで、また車を呼んで反対側の街に向った。もちろんシーフードの店であった。
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