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魅惑の大地「モロッコ」への旅

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学校帰りの少女たち
学校帰りの少女たち(アトラス山脈の街道)
12月2日(土)

今日は、ワルザザードに向って本格的な大アトラス山脈越えである。

ガイドのKAKIさんが、皆んなに絵葉書をプレゼントしてくれた。社長の奥さんが写真家ということで、とても素晴らしい写真(絵葉書)であった。

モロッコの歴史

  1. B.C 146年 第3次ポエニ戦争でローマの支配下に入る
  2. A.D 788年 イドリス王朝成立 ― 首都がフェズに決まる
  3. A.D1055年 ムラビト朝成立 ― 首都をマラケシュに
  4. A.D1130年 ムワヒド朝成立
  5. A.D1269年 マリーン朝成立 ― 首都が再びフェズに
  6. A.D1549年 サアード朝成立 ― 首都がマラケシュに
  7. A.D1666年 アラウィー朝成立(アラビア半島からの移民によりエルフード近くに起る)
             ― メクネスに王都が移る
  8. A.D1912年 フェズ条約、フランス保護領になる
  9. A.D1956年 アラウィー朝、フランスから独立
  10. A.D1961年 ハッサン2世即位
  11. A.D1993年 ハッサン2世モスク完成

農村の子供たち
農村の子供たち
マラケシュの街を出て、農村地帯を走っているとバスの前方にトラックが止まっていた。たくさんの人たちがいるので、一瞬、”事故かな”と思った。近づいて見ると、オレンジが道路や脇の畑にいっぱい散乱している。トラックの積荷がくずれたのだ。農家の主婦や子供たちが、皆んな大きな袋を持って出て手伝っているのかと思えば、散乱したオレンジを集めて持って帰るのである。 ― ラマダンの期間中、神様から大変な贈り物。

バスは、トゥブカル村、タドルト村、アグール村を通過して行った。

ワルザザードの標識が見える
ワルザザードの標識が見える
やがて、バスは山岳地帯に入り、つづら折りの坂道を縫うように進んで行った。赤い岩肌をむき出しにした断崖絶壁の山道である。正にモロッコの”グランドキャニオン”だ。窓の下は、深さ百数十メートルの谷間が大きな口を開けて待っている。ティシュカ峠の2,260mが山脈越えの最高地点のようであった。

ワルザザードに着いたのは午後3時前であった。

馬で行く2人連れ
馬で行く2人連れ
ワルザザード=”静かなところ”という意味らしい。全くの砂漠の中の街である。ときどき、らくだに乗った人々が砂漠の中を歩いている。町の子供たちは旅行者を見かけると、珍しそうに駆け寄って来る。

ワルザザードは、映画のロケ地としても有名で、映画「シェルタリング・スカイ」の舞台としても使われた。映画のセットに使われた建物も残されている。

最初に「アイト・ベン・ハッドゥ」のカスバを見学した。
アイトベン・ハッドゥのカスバ
アイトベン・ハッドゥのカスバ

アイト・ベン・ハッドゥは、農家の集合体として出来たカスバで、今では4〜5世帯の農家が住んでいる。手前の小高い丘からカスバ遺跡を遠望した。世界遺産にも指定されているカスバである。

次に、タウリルトのカスバに行った。

ここは、かつてグラヴィ(20世紀初頭 マラケシュの司令官)が住んでいた。フランス軍がモロッコ南部の維持を図るためにも重用したところである。現在でも、たくさんの人々が住んでおり、中を歩いていると子供たちが寄ってきてお金や物を要求する。知らんふりをして歩いていると、女の子が泣いたりしながらついて来る。

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