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猛暑と大干ばつという異常な山陰の夏を後に、メキシコ先住民の古都「マヤ遺跡」(世界文化遺産)を訪ねる旅へと出発した。(主催:(株)中央新報トラベル)

カンクンのホテル リッツカールトンホテル
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8月20日(日)17時00分、関西国際空港から出発。途中、ダラスで中継、2時間の休憩の後目的地カンクン飛行場へ飛んだ。実総飛行時間は16時間余、カンクン飛行場に到着したのは、同日20時20分(日本との時差は14時間)、早速入国手続きをすませ宿舎のホテルへと向った。
ホテルは、カンクンのセントロの街からカリブ海に張り出したリゾート地帯、ドルフィンビーチ中央の「リッツカールトンホテル」であった。
現地の気候(8月)は、最高でも39℃、最低26.8℃、平均気温29.8℃、降水量は71.1mm、思ったよりも凌ぎ易い。緯度でいうと南緯20度であるが、ここのところ雨が降ったため急に涼しくなったのだと言っていた。

8月21日(月)

カリブ海から昇る太陽
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カンクン第1日目は、カリブ海を真っ赤に染めながら昇る太陽の美しさで目を醒ました。早速、ホテル裏のビーチへ出かけ散策。白い細い粒子の砂は実にきれいで、足先に伝わってくる感触はとても心地よかった。また、ビーチに点在する「パラバ」と呼ばれるシュロの葉で造った休憩小屋や、ヤシの林が南国の情緒を一層感じさせてくれた。

民芸品等を売る市場
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今日の予定は、トウルム遺跡とシカレ自然公園の観光である。トウルム遺跡は、カンクンから南へ13kmぐらいのところだからそう遠くはない。途中、民芸品売り場に立ち寄って見た。道路沿いの空き地に丸太木の骨組みに、トタン葺きの粗末な売り場の中は、原色の奇抜な民族衣裳や装飾品がところせましと並べられ、お客を呼び寄せていた。
町を出てから、車を少しの間田舎道の中を走り続けるとトウルム遺跡に到着した。入口から遺跡まではシャトルバス(1kmぐらいの距離で5ペソ)に乗って行く。
トウルム遺跡

トウルム遺跡
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遺跡は、12世紀頃カリブ海に面して建設されたものである。遺跡全体がかなり荒廃しているが、その佇まいが一層歴史の深さを感じさせる。遺跡の石垣の隙間からは体長1mぐらいの大きなイグアナが出迎えてくれる。イグアナは、草食動物でいたっておとなしい。
遺跡を見学して回っていると海岸の断崖の上に到達する。紺碧の海、カリブ海の美しさと荒城といったとり合わせがなんとも素晴らしい。天候も良く、海岸はたくさんの海水浴客で賑わっていた。
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持送り工法で建築されていたという門の跡
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遺跡の裏側は紺碧のカリブ海、美しいビーチ
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次は、シカレ自然公園に行った。
シカレ自然公園
公園内には、博物館、動物園、水族館、洋ラン植物園、きのこ園、地下水泳溝池(石灰岩の洞窟を利用したもので泳いで通り抜けられる)、そして海水浴場などもある。公園は、かなりの面積があるようで、自然林のあちこちに遺跡が点在していた。全部を見学して歩いていたら、半日以上かかってしまうだろう。主なところを選んで見学して回った。でも、かなりの時間で疲れを感じてしまった。

公園内で観光客等に曲芸を公開している
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ゴンサロクレロの銅像
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美しいフラミンゴ
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地下水路の遊泳に入る人たち
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夜は、テキーラ(竜舌菌から作る発酵酒)を飲みながら、民族舞踊ショーを楽しんだ。

夜は民族舞踊のディナーショーへ
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● ここで、カンクンの街の歴史を簡単に紹介しておく。
カンクンは、歴史が浅く30年ぐらい。最近観光地として発展してきた街のようである。観光客は、アメリカからが最も多く全体の75%を占め、ついでカナダ、ブラジルの順となっている。ちなみに、日本人観光客は非常に少なく年間3〜4万人という。だから街を歩いていても、日本人観光客に出会うことはめったにない。
「カンクン」の語源は、「カン」=へび、「クン」=巣という意味のようである。
また、生活しやすいためか各地から人が集まってくるので、失業率が非常に高いとのことである。そして、メキシコ人の人なつっこさ、親切さは中南米の国で特に際立っている。街ですれ違うと、だれかれかまわずあいさつを交わして通り過ぎていく。
- オラ=おはよう、こんにちは
- グラシア=ありがとう
- アミーゴ=友だち(男)
- アミーガ=友だち(女)
だから、“オラ”と声をかけて通り過ぎればよいし、アミーゴ(アミーガ)と声をかければ、だれとでも友だちになったような気分にひたれる。

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