第77回全日本選手権大会の参戦レポート

松江ローイングクラブ 松本健治

〇はじめに
 2年ぶりに全日本選手権に参加しました。久しぶりにJARAのメダルもいただきました。仕事やボートの事務も忙しい中を縫って、無理やり行きました。関係者の方々にはご迷惑をおかけしました。また、たくさんの応援をいただきありがとうございました。

〇何で2+?
 なぜ、2+かというと今回のような「たなぼた」レースを期待したからです。朝日レガッタ4+で2位でしたので、その運も「全日本で」と思いました。できればテレビ放映種目の4×か4−にと考えましたが、事前情報によると明治生命やNTT東京など強豪が集まってくるらしく高望みはやめました。
 また、2年前に上野さん、吉岡さんは2+で6位に入ったこともあるし、私と吉岡さんのコンビも昨年から引き続き2年越しで、松江レガッタの2×をぶっつけでレースしても、矢地さん、大田さんの2×と500mまで良い勝負でしたから、練習しなくても何とかなりそうでした。

〇練習
 3週間しかありません。同じ全日本に出場する島根大学女子4+と並べて練習しました。勝ったり負けたりで、いい練習になりましたが、女子4+と同じ艇速で良いのかなあと思いました。
 2+は思ったほど甘くなく、当たり前ですが、2人が合わないと走らない、漕げない。ボクがもともとスイープは上手くないので、当初はどうなることか心配するほどさっぱりダメでした。
 ロング漕はバランスが安定せず、短漕もスピードが出ないので、Menuは30本〜50本のパドルのインターバルばかりしました。ついに2000m用の準備などできないまま過ぎました。
 リギングをいじったり、オールを変えたり、そうこうするうち、出発直前になってまともに漕げるようになりました。

〇出発
 飛行機で上京しました。途中、松江高専女子2×で出場する中西さん、高橋さんに合流して戸田に着きました。この間も、航空チケットの手配違いや、京浜急行の切符買い間違いなどトラブル続出でした。そんなことも「しょうがない。」と落ち着いて対処していましたが、今思えばこれから数々と起きる事件の前兆だったのでしょう。

〇静水会(宿舎)
 宿舎は、松江高専OBで佐陀川漕友会の錦織武央さんのご紹介で、東京海上スポーツ財団戸田艇庫(静水会)にお世話になりました。
 新しくはないですが、快適に過ごせました。1階の艇庫からすぐコースに出られるし、コンビニにも近く、何よりも国立艇庫と違って静かでした。
 管理人の別府さん(70歳くらい)が、戸田の名物的人物で、すごかった。戸田のコースがテレビや新聞に出るときは、必ず登場するらしく、それらの話をたくさん聞かしていただきました。
 戸田公園駅のオールのモニュメントや艇庫の場所とブレードカラーを記入したおなじみの掲示板を製作された方で、僕らがいたときもオールを塗ったり、艇を直したり職人のようでした。
 同じ宿舎に秋田秋艇会の松岡紳二郎さんや、米子の小玉さん親子、住友金属鉄ッ子の嶋田さんなどが一緒でした。

〇荒川へ
 2+は6クルーのみエントリー。これで6位入賞(賞状あり)確定。事前情報では、東レ滋賀の参戦が流れましたが、若い学生(平均20〜24歳)ばかりでした。浜寺RCが平均26歳に対して、我がクルーは平均31歳。ちなみに矢地さん、大田さんの2−は平均30歳。
 よって予選は金曜日からになりました。木曜日の日中はレース開催によりコースに出られませんので、荒川で漕ごうということになりました。
 今まで、荒川に出ていくチャンスも勇気もなく、初めてチャレンジすることになり、ワクワクしました。舵手つき艇なので、コースどりやタンカーに気を取られなくて済むし。
 荒川は、意外と満ち干きがあって、静かです。しかし、臭い。水もどろどろしてきちゃない。岸辺にはそこに誰か住んでいるだろうダンボール小屋が並んで、風情もない。一度船舶の波が出ると当分おさまらないコンクリート直立護岸。ボク達、田舎のクルーにとってボートを楽しむ環境ではありません。ごちゃごちゃ混雑する溜め池の戸田コースがまだまし。
 そのせいか、他のクルーも見えず、船舶も来ず、いい練習ができました。戸田コースはスタートをうしろのクルーに注意しながら練習しないといけなかったので、じっくりマイペースで練習できました。スタートもピタッと決まって、コンスタントも流れるように漕げるようになったので、明日が楽しみとなりました。
 宿舎に帰って、予選を上がった矢地さんに「荒川へ行った。」というと、彼も漕いだことがないらしく、うらやましそうだった。案の定、翌日彼らもウキウキ荒川へ出かけていかれました。

〇おケツが痛い
 宿舎から一度コースに出て、国立艇庫の前に上がって、艇を担いで、堤防を登ってエッチラ、オッチラ歩きました。そして、荒川へ艇を返して浮かべようとしたその時です。
 「ズルッ。ドシン。いたッ。」コンクリートの濡れたところで、滑ってしりもちをつかれました。
「何やってのー!」「‥‥‥。」相棒が動けません。私とコックスは艇が破損していないのを確認すると、初めての荒川に「練習。練習。」とさっさと乗りこみました。しかし、ストロークはじっと動かず、冷や汗をかいています。
 コックス 「マジッ。どーしたや。(早くせーやっ。)」
 ストローク「うーん。わかんない。」
 バウ   「(うったおまえがわからんもん俺がわかるか。)大丈夫?。」
 コックス 「痛いならやめようか?。(早く出ようぜ。)」
 ストローク「お尻のこの辺を打って、もものここに艇をぶつけて、それでー‥‥。」
 バウ   「(まあ死にはしないから)練習して様子みよう。」
とかまわず乗艇しました。しかし、漕いで岸につけると、「動けない。」といって座り込み(いや座れない)ました。しょうがないので、コックスと艇を運んで帰りました。(バカヤロー)
 ところが、予選が終わっても痛みは引かず、(どこがどうなのか本人以外はさっぱりわからない。もともと、コミュニケーションをとるのがヘタなヤツだけど。)大騒ぎなさって、ついに病院へ。診断は打撲。(だわな。)本人は真剣にパンツを脱いでせっせと湿布を張り替えますが、矢地さんなどは面白がって大喜び。所詮、しりもちなので、みんな心配などしてくれず、ついにストロークはご機嫌ななめになりました。(けど、なぐさめず。)
 おかげで、パドルの力みは消えたけど、スタートダッシュが効かなくなって、作戦変更を余儀なくされました。また、それ以降彼は、艇を一度も運ばず、コックスと2人で準備となりました。

〇ついに残す
 食事は、朝はコンビニからおにぎりを買ってきて、昼は「くにや」で、夜は「中華楼」のお決まりコース。例のごとく大盛りのオンパレード。
 決勝の前日は5人で、冷奴(半丁を)2、冷やし大トマト1個、大餃子5皿、大レバー野菜炒め2皿、大盛冷やし中華、大盛ダブルハンバーグカレー、焼肉定食、味噌ラーメン定食、中華丼、焼肉定食、ビール大瓶5本を注文したら、みんな動けなくなり、ついに焼肉定食(矢地さんが注文した)の焼肉を少し残してしまいました。(中華楼で残したのは初めて:矢地談)やはり、年をとって食べる量も減ったのだろうか。冷奴を1つ減らせばよかったと反省しています?

〇新艇フィリッピ2×ウイングリガー登場
 男子2×に出場する島根大学が、この大会にあわせて2×の新艇を購入しました。大会前日に受け取ってみると、イタリアのフィリッピ社製ウイングリガーのかっこいい艇でした。(けしからん。)練習でも、戸田のコースでも目立つ、目立つ。
 彼らは新艇の恩恵も受けず、敗者復活戦で早々と敗退しました。落ち込んでいるところを、ハイエナのような私達は、「ちょっと乗せて。」と嫌がる彼らから奪ってコースに浮かべました。
 ちょうどオケツ負傷のため、練習を休みにしたので、上野さんと私とで漕ぎました。乗り心地も安定して、気持ちよく、漕ぎやすく良い艇でした。なにしろカラーリングがかっこいい。
 島根大学の彼らはリギングの設定が上手くいかなかったみたいで、残念でした。矢地さん、次はあれが欲しい。

〇やっとレースの話(予選)
 練習では、ペースコーチがパドルで1'50"〜1'55"のペースで走り、スパートで1'46"まで伸びました。それが速いのか私にはわかりません。日本で他に5クルーしかいないわけですから、並べる機会もありません。戸田の混雑したコースでたまにすれ違ってもピンときません。
 「僕らが速いのか遅いのか、相手もどうかわからないし、初めての(このクルーの)2000mだから、普段どおりに漕ごう。」ということから
@ スタートから飛ばして、そのままコンスタントへ。
A 1000mまでは、リズムもレートも変えず、淡々といって、その先はそこで考えよう。
B 足蹴りを1000mと1500mに入れる。
 というシンプルな作戦にしました。
 コンディションも良く、レースは早く済みそうです。スタートすると、東北大学と東京大学にポーンと出られて最下位。「僕らは遅いのか。」と思いましたが、慌てず落ち着いて作戦どおりに漕ぎました。レートは32〜34、激しく漕いでいますが、安定しています。  かなり離されたけど、僕らの調子は良く、艇はバランスよくロング漕をしているような感覚です。レンジが短くならないようにと、キャッチのエントリーだけ注意しました。
 辛くなることなく、レースは進み予定どおりのところで足蹴りを入れると、東京大学に追いつき、さらに足蹴りを入れると東北大学もそこにいます。「これはいただき。」でラストはまくって1950mで逆転。「ごちそうさまでした。」
 「2000mレースだったね。」「楽に漕げた。」が感想でした。

〇そして決勝
 予選をラッキーで上がって土曜日はお休み。おケツの痛い人は一安心。
 対抗エイトを崩してなしペアと付きペアに来た慶応大学は手ごわそう。日ボ理事で島根県出身の高村光佐子さんは、熱心に僕達の応援にきて下さるが、「優勝は慶応がもらうから。」(慶応OB)とおっしゃっています。
 なしペアの矢地・大田組は世界選手権代表の小畑・佐藤組(三洋電機滋賀)とその慶応大学にかなわず、普段なら優勝できる好タイムで3位でした。
 昨日の敗者復活戦は東北大学と東京大学、浜寺RCが最後まで激戦を演じていて疲労が残っているはず。ぼくらはピンピンに元気満タン。今日もコンディションが良くレースは早く済みそう。
「先行したいけど、普段どおりにいきましょう。」ということで予選と同じ作戦に。ただし、
C 500mで足蹴りをいれて、第2クォーターのラップを1秒縮める(気持ちで)。
D 中盤我慢して粘って気持ち良く漕いでラストクォーターは思いっきりアタック。
 と打ち合わせしておきました。
 スタートは上手くできたにもかかわらず、最下位。気にせず粛々と漕ぎました。予選よりレートもペースも速かったけど、バランスは良かったので気持ち良く漕いでいました。さすがに決勝は1350m付近で「ここはどこ。あと何m。」の状態。その時点で、東北大学は力尽き、浜寺RCと激しい2位争い。早めにスパートをかけて逃げに入りましたが、猛然と追い込まれました。
 あと1歩のところで逃げ切って2位。さすがに2+の2000mはこたえました。「しばらく漕ぎたくありません。」というくらい味わえました。

〇全日本のウイニングロー
 ゴールしてみると、1位の慶応大学はひっくり返ってプカプカ浮いています。よほどうれしかったのでしょうが、何もそんなに早く飛びこまなくても。
 僕らもうれしくて、ウイニングローへと向かいました。ところが
「慶応大学が沈のため、2+はウイニングローを中止します。」と係りの人。
「えっー。なんでー。うちら(中電、浜R)だけでもやろうよ。」しばらくして、
「‥‥慶応大学も参加したい意向なので予定どおり実施します。」という事件がありました。
 全日本選手権のウイニングローは気持ちよかった。ストロークはキャッチでアウトサイドの手を離す離れ業をするので、ここではきちんと両手で持つように注意しました。(直して下さいね。)

〇課題
 錦織武央さんが決勝の伴走車に乗って撮ったビデオを送って下さりました。漕いだ時のイメージとかなり違っていました。キャッチでオールが戻っているし、水中のブレードも安定していない。2人の漕ぎも合ってない。洗練されていません。練習量が少ないからしかたがないかな。
 まだまだヘタクソで直さなければならないことがいっぱいありました。
 中央大学8+のノーワークは、しっかりオールにプレッシャーをキャッチからファイナルまでかけて、クリーンなリリースと高さのある抜きあげが見事でした。今年はあんなのを目指したいなあ。