太田川ボートクラブ機関誌「BOAT LIFE」投稿 '95.8
第43回全日本高等学校選手権競漕大会の考察

松江ローイングクラブ 広報担当 松本健治

 平成7年8月4日〜7日に鳥取県米子市錦海漕艇場で行われました、第43回全国高等学校総合体育大会漕艇競技の模様についてリポートしたいと思います。もちろん今年30歳になった私が出場したわけではありません。(今年の社会人実業団大会は中国ブロック予選と重なり、参加できませんでしたが、新潟の大会が増水で中止となったのを聞き何故か安心しました。来年の浜寺にはY地氏とともにover30に参戦します。)となりの鳥取県で全国規模の大会ですので、特別にお願いして審判をさせて頂きました。母校の松江北も出場していましたが、弱くて応援のし甲斐がないので、スタッフとして4日間じっくり見ることにしました。

○好きもの
 審判は、資格をとって7年目。県内の大会や中国高校くらいの大会は何度も経験していましたが、全国大会に参加するのは初めてで、少しドキドキしました。浅野晴夫審判長に八幡商業の三崎先生が副審判長の総勢50名あまりの審判団でした。「こんなに要るんかいな」というほどの人数ですが、地元鳥取県の若手や今年国体の福島県からの参加、私のような野次馬などがいて、役に立ちそうなのは半分くらいでした。それでも三崎先生がうまくまとめられて、全員がまんべんなく仕事ができるように配置してありました。
 世の中にはボートが漕ぐのが好きで、30才すぎて子供ができ、家庭があっても早朝から練習しているヤツが日本各地にいるのを知っていますが、審判員にも同じようにボートの審判が好きな人がたくさんいることがわかりました。競漕規則をすべて空で覚えている人や、こと細かく審判の動作を実践する人、主審で水を得た魚のように張り切る人など、スタートラインに艇を浮かべている側からすれば驚きの世界でした。

○体重測定
 大会の初日に監視をしている時のこと。監視はレースに出場する選手の確認や体重測定、最近では救命具の確認などをします。全国大会規模になると、初日の監視は写真を撮ったり、選手変更の確認などでおおわらわになります。次々と作業をおこなっていると、G阜県T濃実業高校の女子舵手付きフォアのクルーがきました。メンバー確認の後、コックスの計量をすると「39.0sです。」「じゃあデットウエイトは6sね。」「あれっデットウエイトは5sまでしかないぞ。」「‥‥そうだ。ジュニアは競漕規則で40s以上ないと出場できないぞ」‥‥するとそのコックス「足りませんか。さっきだいぶん水を飲んできたのに」と今にも泣きそうです。それからまわりの審判みんなで、お茶を持ってきて「飲め。飲め」と何度も体重計に乗ったり下りたり。結局なくとか40sまで水太りさせました。たぶんこの娘は全部で1リットル以上水を飲んだことでしょう。(本当はからだを壊すのでこのようなことは良くないとの意見がありましたが、それなら数百グラムぐらい負けてあげても良いと思うのですが。)このT濃実業高校は、準決勝まで残りましたが、この娘はその後どうしたことでしょう。毎日体重計の前で水を飲んだのだろうか。

○劇的
 最終日の男子2×準決勝1組。スタート3分前のこと。その組に出場していたT山県T尾高校は救命具が1個足りませんでした。「残念ながら除外とします。ステッキボートから離れて下さい。」と審判コール。決勝進出有力クルーのため、湖岸ではどよめきがおきました。その直後「用意、ゴー!」でスタート。と同時に「止まれ!レース中止。只今のレースにおいてフライングがありましたので、再スタートとします。」それからしばらく沈黙。遅いなぁと思っていたところへ「先程、除外になったT尾高校は艇内に不足の1個が見つかりましたので、この競漕に復帰することを認めます。」湖岸では「エエッー。」と大どよめき。その直後に再スタート。あれよという間に私の見ていた600mにきて、T尾は3杯上がりの3位。「なんと、劇的に決勝進出。」と感心しました。
 話はさかのぼり、このレースのスタート3分前の水上でのこと。発艇員は悩んでいました。主審は モーターで何度もT尾高校のところへ行き「ないのか。本当にないのか。」と確認しました。T尾高校もくまなく艇内を探しましたがありません。仕方なく発艇員は、「残念ながら除外とします。ステッキボートから離れて下さい。」とコール。そしてスタートさせました。が、フライング。そこへ「あと1個がありました。キャンバスの中にありました。」とT尾高校。驚く線審。
 さて、「結果はどうあれ、一度除外にしている。」「あれだけ探してなかったのに何故。」「キャンバスの中に入れるか?」「フライングの後に見つかるなんて偶然すぎる。」その上、このレースの5つあとに出漕するT尾高校の4+がすでにそこに浮かんでいるではないか。審判長からは「4+と2×が接近していたのを見た審判はいないか。」と疑惑は深まるばかり。どれも確認する術もなく「先程、除外になったT尾高校は艇内に不足の1個が見つかりましたので、この競漕に復帰することを認めます。」としぶしぶコール。再スタートさせました。本部のある800MではT尾高校は3杯上がりの3位か4位のデッドヒート。M崎先生は「勝つな。勝つな。」と祈りました。 ‥‥結果は0.7秒差の4位。すべてが劇的でした。

 レースのほうはなんとなく本命不在。予想どおりに優勝したのは男子4+の熊本県済々黌高校と男子2×の八百津高校、女子4+の柳学園高校ですがあとは何がなんだか‥‥。でも上位に入賞している県はだいたい限られているようでした。広島の盈進高校小林さんは、がんばっていました。おわり。



太田川ボートクラブ機関誌「BOAT LIFE」投稿 '93.12
松江ローイングクラブイントロダクション

松江ローイングクラブ 広報担当 松本健治

○松江ローイングクラブの紹介 歴史編
 松江RC(通称”まつろー”)は、島根県松江市の宍道湖・大橋川の水域で活動している一般社会人のローイングクラブです。構成員は、ほとんどが社会人です。職種は公務員、会社員、教諭、警察官と様々で約30名所属しています。歴史はあたらしく、昭和57年の島根国体に地元から参加しようと、昭和55年4月頃に発足?しました。会員の半分は、松江北高等学校漕艇部の出身者で、ボート部OBで地元に残った者は強制的に加入するならわしになっています。もちろん、松江北高OB以外もたくさん所属しています。ただし、すべてボート競技を高校・大学で経験された方のみで、勧誘は口コミの情報から個別におこなっています。
 初心者や市民レガッタレベルの会員は「嫁島クラブ」等の別団体が多数存在して、活動を盛んにおこなっています。

○活動状況
 最近のまつろーの活動について紹介します。

@競技会活動
 朝日レガッタ、全日本、国体等の全国大会から地方レガッタまで多数参加しています。ボートが好きな者の集まりですが、やはり勝負ごと。熱心に練習に取り組んでいます。過去には、島根国体の2位や朝日レガッタ優勝などありました。最近でもがんばっています。ただ、どこのクラブも同じと思いますが、すべて自分達のカンパにより運営していますので、金銭的には苦しい状況です。

Aボート普及活動
 毎年夏に松江市民レガッタを開催しています。当初は、佐蛇川漕友会と協力して20クルーで始めましたが、今では松江市や企業のスポンサーがついて、準備も半年かがりの大イベントとなっています。

Bボート技術指導
 同じ松江水域には、松江北高・松江東高の2校がボート部を持っており、同じ艇庫で活動しています。どちらの高校も、技術指導は松江RCの者が担当しています。このほかボートについての活動はいろいろとおこなっています。

Cボート協会へ協力
 もともと、島根県には高校が3、大学1、高専1、社会人3しか活動している団体がありません。常設のボートコースがなく、ボート競技の普及が遅れているのが現状です。
県や市の協会も少ない人員から運営していますので、役員の多くは松江RCから出ています。他の団体との連携もとれ、県や市のボート協会と協調して活動しています。
また、C級審判資格者が10数名いますので、松江水域のレガッタには、必ず協力しています。

○所在地
 島根県の県庁所在地、松江市の真ん中に艇庫はあります。駅から徒歩で5分の所です。宍道湖から中海をつなぐ大橋川のたもとです。環境は琵琶湖の瀬田川のように、ボートを漕ぐには適しています。松江に来られた時には気軽に寄ってみて下さい。また、松江近郊でボート経験者を知っておられればご紹介下さい。お待ちしております



太田川ボートクラブ機関誌「BOAT LIFE」投稿 '95.1
一畑薬師マラソンとエルゴ大会の考察

松江ローイングクラブ 広報担当 松本健治

とりあえず国体
 とりあえず国体の話題から触れていきましょう。平成6年は9月から10月末に愛知国体が延期になって開催されました。その影響か、島根県は5種目出場してすべて8位以内に入賞しました。加藤陽子さんが優勝したのを初め、どの種目も実力以上の運があり出来すぎでした。おかげで島根県内ではおおはしゃぎで喜んでいましたが、

死闘!一畑薬師マラソン
 わが松江RCは、冬期間はメンバーで一緒に練習することが少ないです。どちらかといえば、一人一人が隠れて練習しています。というのも、この期間には一畑薬師マラソンとエルゴ大会があるからです。こちらでもマラソン大会や自転車レースは結構ありますが、メンバーが揃って出ることにしている大会はこの2つだけです。ボート競技と違って、マラソンとエルゴは個人の能力を競うものですから、勝った負けたがあります。そしてこの大会で勝った者が一年間おおきな顔をすることができるのです。
 第16回一畑薬師マラソン大会は平成6年11月6日に、松江RCからの8人をはじめ、中国電力島根原子力発電所ボート同好会や佐陀川漕友会が迎え撃つ中、太田川BCの参戦を交えて激闘が繰り広げられました。かくいう私も国体のため準備期間が不足しましたが、10qの走り込みを一週間して新型のシューズで挑みました。
 この大会の特徴は、最初に3qの坂道を一気に下り、最後に1,183 段の石段を駆け上がるところにあります。5回目を走る私にとって、初参加のボート関係の皆さんはシロウトすぎて相手ではありません。10qコースはどのクラスも同時にスタート。みんな目の色を変えて飛び出していきました。11月の山陰にしては暖かすぎるコンディションで、後半になるとどんどん苦しくなってきます。残り3qで前を喘ぎながら走るボート関係の皆さんに追いつきました。「君たち甘いな。」と言いつつも、足取りは進みません。階段を登る頃は「止めれば良かった。」と毎年思うのでした。
 ゴール直後はクタクタで何も考えられませんが、先にゴールしたヤツがうれしいそうに寄ってくると、 ふつふつと怒りがこみ上げてきて、「来年は絶対勝っちゃる。」と心に決めるのでした。

お待ちかね?エルゴ大会
 平成7年1月15日に第7回エルゴメーター競漕大会中国大会が広島市で行われました。平成6年年までは米子で開催されていましたので、我々の移動も楽でしたが、広島になるとさすがに参加者が減りました。前日に私と一部の人は自動車で、あと人は貸切りバスで当日出発にしました。ところが、前日から松江は大雪に見舞われ積雪。とりあえず行けるとこまでと、不安の中、普段は3時間半の54号国道を登っていきました。中国山地は道路が圧雪の雪国。新型のスタッドレスを履いた我が車はとろとろと立ち往生するトラックを縫って進みます。なんとか三次の高速までくると雪は減っていました。ところがチェーン規制のため、スタッドレスを履いた我が車を入れてくれません。「これは日本道路公団の某氏による策略か。」と思いましたが、あきらめてそのまま一般道を。6時間かかって着いた広島は晴れで、スタッドレスを履いているのは我が車だけでした。
 一畑薬師マラソンの雪辱を期した私は、10qの漕ぎ込みを一ヵ月おこなって新型のシューズで挑みました。個人戦の結果は省略しますが、練習では私よりもはるかに良いタイムを出している吉岡孝朗君は、本番の精神力の弱さを露呈して惨敗しました。やはりこう言う時はベテランが物を言う訳ですが、中国電力の矢地さんもそろそろお年のようです。品川白煉瓦の春名君などは若さもあって、将来が怖い。個人戦は人それぞれでしたが、我々は団体戦の連覇に燃えていました。ところが最初から強敵の品川白煉瓦に遅れをとり、絶体絶命の大ピンチ。アンカー勝負で辛うじて逆転したものの、次回は厳しい状況になりました。我々も若いメンバーが欲しいです。



太田川ボートクラブ機関誌「BOAT LIFE」投稿 '94.7
’94朝日レガッタ 回想録

松江ローイングクラブ 広報担当 松本健治

 平成6年の第47回朝日レガッタの様子をリポートいたします。

準備
 松江水域は、どこの団体も貧乏でお金がありません(中国電力は別)ので、朝日レガッタはトラックを共同でチャーターして琵琶湖に向かいます。その中でも、松江RCが一番貧しいので、積み込みの労働で奉仕して、輸送費の分担を減らしてもらっています。
 平成6年は、島根から6団体22クルーも出場しました。そのうち、松江から17クルーも参加することになり、艇の積み込みも大変でした。4/29に10tトラックに4+5艇、2×5艇、1×7艇を4時間かけて積みました。それはそれは、今までにない数で、苦労しましたが、これ以上積めないだろうと思えるほど、芸術的な積み方で、惚れ惚れしました。

出発〜宿舎
 松江RCは貧乏なので、試合は専ら自動車で行きます。4月30日は朝6時に艇庫に集合で、私は定刻にきたのですが、まだ誰も来ていません。待つこと30分、みんながポツポツと集まってきます。(これをこちらでは出雲時間といいます。)かなり遅れましたが、6時40分に出発。車の旅行は退屈ですが、途中のパーキングでジュースを飲んだり、アイスクリームを食べるのが楽しみです。
 何やかやしているうちに旅館に着きます。朝日レガッタはいつも同じ旅館で20年以上変わっていません。建物も変わっていないので、とても古い上に、今年は狭いところへ一度に75名(島根県はすべて一緒)も来たものだから、われわれもタコ部屋に押し込まれました。
 まかないのお重さんも、おかみさんも相変わらず元気で、機関銃のように騒ぎ立てているのを聞くと、「朝日レガッタに今年もきたんだなぁ」と実感が湧いてきます。 大きな岩風呂でくつろぐと旅行気分も高まって、うまい料理を肴にビールを飲む頃になると最高潮となります。明日から試合というのに。

最有力候補
 今年の朝日レガッタは、いつもと違ってちょっとした事件がありました。朝日新聞の予想に、中国電力のM2×と中国電力・松江RCのM4+が優勝の最有力候補という記事が載りました。M2×は矢地さんの3連覇がかかっていますので、当然ですが、M4+はまさに寝耳に水、根も葉もない話。練習を全くしていないのに、どこからこんな情報が流れたのでしょうか。当の本人たちはうれしいやら、驚くやらで、明日からの試合にいきなりプレッシャーが入ってしまいました。「もしかしたら、僕たちは強いのだろうか。」「新聞に書かれて予選で負けたらどうしよう。」夜も眠れぬ一夜となりました。

決勝進出
 艇はいつも、旅館の前の土手に並べて、試合には瀬田川を2キロ上っていきます。 今年の朝日レガッタはめずらしく風が穏やかで、順調にレースを消化していき、予定どおりすすんでいます。
 いよいよ、5月3日は運命の別れ道となる準決勝です。まずは、松本さんが、レベルの高かったM1×で辛うじて、決勝進出を決めました。次に、F1×の加藤さんが、昨年の予選敗退から一気に決勝進出を決めました。もちろん、優勝候補のM2×は準決勝を難なく1位で通過。明日の決勝に期待が持てます。残る「最有力候補」のM4+のクルーは、旅館でみんなの結果が入ってくるたびに、どんよりと暗くなっていきます。M4+の準決勝は、最後にあります。自分たちだけ、落ちるのでしょうか。準々決勝のタイムは全体で10番目、組み合わせの中でも2位上がりの4番目。つらい‥‥。本番に弱い松井君は当然無口に‥‥。データーバンカー吉岡君は、ここまできて戦略分析に熱を入れています。結果は、心配のかいもなく、2位でなんとか決勝進出。みんなその夜は安心して眠れました。

帰路
 決勝はM2×の矢地・丸谷組が優勝しましたが、あとの種目は健闘むなしく?適当な予定通りの順位でした。帰りの自動車の旅も、食べて飲んで、楽しく帰りました。ただ、M4+のメンバーは、誰もがこのクルーから開放されたことを喜び、2度と組みたくないと誓っていました。そして、F1×の加藤さんが「今日から心を入れ替えてがんばろう。」と十数回目の決意をあらたにして(入れ替えているように見えない。)いつものように松江に帰りました。



太田川ボートクラブ機関誌「BOAT LIFE」投稿 '96.7
冬期強化合宿に関するQ&A

松江ローイングクラブ 広報担当 松本健治

 平成8年2月23日から25日にかけて2泊3日の日程でおこないました松江恒例の冬期強化合宿についてレポートします。今回は、広島県より太田川BCの西原さん、板倉さん、広島修道大の近藤さんに参加して頂きました。そのほか、岡山の品川白煉瓦や大阪の浜寺RCの県外組と地元の中国電力、松江RC、江津RC、江津工高の多数の参加となりとても賑やかになりました。 合宿の内容は、3日間に5モーションの70q漕ぎました。冬の松江にしては、天候に恵まれて予定通りにMENUが消化できました。 事務局としては、まずまずの内容でみなさんに楽しんでもらえたと思っております。毎年企画しますので、より多くの方に参加して頂けるようにしたいです。合宿のおわりに参加して頂いた方から感想を書いてもらいましたので、それを紹介しながら今後について考えてみたいと思います。

Q1 以前にくらべると息抜きみたいなこともあって死ぬほど疲れることもなくなった。
A1 一昨年と去年を知る人にとって今年の合宿は物足りなかったのでしょうか。去年までと練習量はそんなに減ってはいないのですが…。たぶん、参加される人が内容に慣れてきたことや、普段の練習量が増えて合宿だから特に多いというのではなくなったこと。それから天候が良く、いつも悩まされていた季節風に逆らって漕がなくて済んだことが考えられます。その他、MENUを考えるY地氏の高齢化も影響あるかもしれません。やはり、どうも死ぬほど疲れないと満足できない人がいるようですね。

Q2 エアロビクスがこんなにえらいとは思いませんでした。エアロビクスは楽しかった。
A2 今回の目玉企画がエアロビクスでした。会場を借りて専門のインストラクターにお願いしました。私もエアロビクスは初めてでしたがほとんどの人もそうでした。そしてほとんどの人が「息抜き」「お休み」の感覚でいました。ところがやはり素人。その難しさと辛さは相当なものでした。経験したことのある人はご存じでしょうが、体力も頭脳もリズム感も必要です。最初はなんだか恥ずかしくて遠慮がちの動きだったのが、途中からは誰もが真剣にインストラクターの動きを追っていました。1時間がたつ頃は大汗で息をはずませておりました。内容は初級のさらに初心者向けでしたが、とても勉強になりました。いい運動になったし、いい気分転換にもなってなかなか好評でした。
 ちなみにインストラクターのお姉さんは若くて?(議論のわかれたところ)きれいな人でした。ピチピチレオタードだったのですが、上にTシャツを着ておられたので、一番前でニヤニヤしていたY地氏は「いつになったら脱ぐのだろう。」と期待して待っていましたが最後までとうとう見れずじまいで、それが残念そうでした。
 水泳やアスレチックも漕艇競技のトレーニングには良いことは分かっています。しかし、なかなかこのような機会がないと経験できません。いろいろな機関の情報を得ることもできますので、こうした きっかけをどんどん作っていこうと思います。

Q3 もう少し食事のメニューに気をつけたらどうか。食事の量をもう少し多くしたらいいのでは。食事でフルーツ類が少したりないように感じました。
A3 人数が多くて、準備と片付けが大変だから3食ともお弁当にしました。内容は業者まかせとしましたので、食べ盛りの若い人や大食いの年寄りにはもの足りなかったのでしょう。予算に限りがありますが、今後は工夫したいと思います。
 もともと松江の人間も質より量にこだわる人が多いので、以前に同じ業者に大盛りカレーを注文したことがありました。注文するときに「大男のスポーツマンがガバガバ食います。」と脅したところ、ものすごい量のカレーがきました。あんなことを言って頼んだものだから、弁当屋に「なんだ。たいしたことなかったな。」と思われるのが嫌で残すこともできず、意地になって死ぬ気でみんな食いました。結局翌朝まで残って、朝飯にも食べたうえ、夜は腹が苦しくて寝れず、朝の練習はカレーのゲップで漕げず大失敗でした。(別に残しても良いのだけど、プライドが許さなかった。また、以前から弁当屋に「量が少ない。」と文句をいっていたので、逆襲に出られたと思う。)どうもその時の記憶が痛々しく残っていて、あの弁当屋に量の注文を出すことに躊躇してしまいました。
 おかずを皿盛りにすれば食べたい人はたくさん食べられますが、好きなものだけ食う奴がいます。別にご飯だけ炊いて追加したりしたこともあります。選手をサポートするスタッフがもっといれば解決することでしょうが、こちらは人材不足です。

Q4 連続折り返しなしで30〜40qをロングで漕ぎたかった。
A4 う〜む。たしかにこの川では物理的に長距離漕ができますが、初めて漕がれる方にはカーブや浅瀬、定置網があって危険なので今回は練習水域を限定しました。季節としも遠漕をする時期ではありません。同じところ(中電艇庫前直線2q)をぐるぐる回っていただけなので、景色が変わらずつまらなかったかもしれませんが、冬の天候は変わり易く安全を考えてやめました。(というよりも地元の私たちも怖くて普段も遠くへ漕ぎに行きません。)ユーテェリゼーションなら工夫しだいでどこでもできると思います。また、普段漕ぎこんでいないと30qも休まず漕ぎ続ければ、普通の人なら漕法もいい加減になってよい技術が身につかないように思います。

Q5 お酒は最後でよい。食事は、ビールを減らし、フルーツを‥‥。
A5 なんということでしょう。ヒーヒーいって練習した後にキューとビールを飲むところに、我々おじさんの楽しみがあり、そのためにこんな辛いボートを漕いでいるのではありませんか。多くのおじさんローワーもきっと私たちの考えに賛同してくれることでしょう。
 そんなわけで、広島国体の勝利が義務づけられて、悲壮感の漂う太田川BCのみなさんにしてみれば、毎日宴会のような夕食でした。想像できないと思いますが、我々は国体や全日本へ行っても毎晩こんな感じで飲んでいます。はたから見れば不謹慎に見えるかもしれませんが、本人らは十分自制しているつもりで、そのぶん水の上では厳しくできるのです。(う〜む。結構練習中も不真面目だった。)
 とはいうものの、かく申す私も20才ころは酒の飲めない好青年でした。遠征にいった時、夕食で飲み物がビールしかなく、水の飲みたい私はとても苦しかったのを覚えています。それがいつしか、こんなになってうちの冷蔵庫には必ずビールが入っているのでした。きっと若いあなたたちも年をとったらいつしかビールの味を覚えて、おじさんのいうことがわかるようになるでしょう。しかし、少し配慮が足りなかったと反省しています。

Q6 いろいろな人と漕げていい刺激になった。レベルの高い環境の中で練習できて良かった。艇庫、環境は最高!充実した施設、立派な艇庫とすばらしい艇、いい経験になりました。
A6 同感です。今回のもっとも良かったことはいろいろな団体からたくさんの人に参加して頂いたことです。昨年、一昨年と同じ内容の練習でありながら、今年は私たちも刺激にもなり、本当に良い経験となりました。特に広島、大阪の方は国体を控え真剣そのもので、私たちも気を引き締めざる終えませんでした。合宿に来られた方が同じように感じて帰られたことは、私たちがこのような合宿をやって一番うれしいことでした。このような合宿をしたいと思っても、実際にやろうとなるとなかなか実現できないことがほとんどです。しかし、全国にはボートに熱意を持っている方々はたくさんおられ、その人達がほんの少しずつ努力をすれば何でもできそうな気がします。
 この合宿は中国電力鞄根原子力発電所ボート部の全面的協力があって実現しました。そのすばらしい艇庫やたくさんの外国艇はみなさんを驚かせたことでした。しかし、ここまでになるにはいろいろな方々の努力と協力があったのです。(結局は電気代で我々も少なからず提供している。)
 最後にこの合宿に協力して下さった中国電力をはじめ島根県漕艇協会関係者の方々、参加して下さった団体の方々にお礼を申し上げ、また無事に事故やトラブルもなく終了したことに感謝して終わりと致します。