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1999年9月29日(水)
平田の上石堂平古墳群
多角形古墳が出土
天皇家独占「聖なる墳形」の可能性

平田市野石谷町の上石堂平古墳群の古墳の一つが、古墳時代終末期(7世紀前半)の多角形古墳であることが、同市教委の発掘調査で9月28日までに分かった。発掘途中で全体は明らかでないが、現地を見た専門家は、天皇家が7世紀中期から独占的に採用した“聖なる墳形”とされる「八角形墳の可能性がある」としている。

八角形墳は近年、天皇陵として採用される以前の7世紀前期から中期のものが地方から数例出土、その起源をめぐり議論を呼んでおり、解明の新たな手掛かりとなりそうだ。

古墳は、周囲に「外護列石」と呼ばれる石垣がめぐらされた多角形の土台(直径推定約15〜20メートル)が二段重なり、その上に幅約1メートル、奥行き約2メートル、高さ約1.3メートルの横穴式石室が残っていた。石室は当時、同じく多角形の墳丘に覆われていたとみられるが、盛り土が流出して墳丘はほとんど残っていなかった。

現場は谷奥の見通しの悪い山の斜面で、北側は山を背に、石室の入り口がほぼ真南を向いており、中国の風水思想の影響を受けた立地になっているという。古墳の後部は周溝になっており、完全な多角形ではないとみられる。

八角形墳は、奈良、京都以外では鳥取(国府町岡益・梶山古墳)、兵庫、群馬、東京など数カ所で見つかっている。

現地説明会は10月3日午前10時から。

【写真】平田市の上石堂古墳群で確認された古墳時代終末期の多角形古墳=9月28日午後

−9月29日(水)山陰中央新報より転載−


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