■1997年11月13日(木)■
見つかった破片は長さ19.5センチ、幅13.2センチと比較的大きく、重さは520グラム。つり手の鈕(ちゅう)の部分は失われているが、銅鐸の身の右上半分に当たる。表面には、流れる水をデザインしたとされる流水文や渦巻文を表現。鰭(ひれ)と呼ばれる部分には、のこぎり状の鋸歯(きょし)文が描かれ、所々に銅の輝きが見られるほど状態が良い。最古段階から新段階まで銅鐸を4つに分ける型式分類のうち、今回の銅鐸は紀元前2世紀から紀元後1世紀に作られた古段階の外縁付鈕2式か、中段階の扁平(へんぺい)鈕1式とみられる。完形品の高さは40〜50センチと推定。加茂岩倉で発見された大小2種類の銅鐸のうち、大きい銅鐸と同じ大きさだが、これまで島根県内で出土した銅鐸とは文様が異なる。
西川津遺跡は、朝酌川の河川敷に位置。河川改修に伴い、昭和52年から発掘調査が行われており、今月から約200平方メートルを調査。地表から1.2メートル掘り下げた地点で11日、弥生前期から古墳時代初期のコンテナ20箱分の土器とともに銅鐸の破片が出土した。弥生中期は、宍道湖が遺跡近くの島根大付近にまで広がっており、出土地点は湖が近い川の岸辺周辺とみられる。
同県教委文化財課の勝部昭課長は「低地の遺跡で銅鐸が出土した例は岡山などであるが、島根では初めて。西川津遺跡が銅鐸を持つ集団の集落であったことを示すとともに、銅鐸が祭りで壊され、捨てられた可能性もある」としている。
今回の破片出土により、出雲で見つかった銅鐸は51個目、同県内では55個目となり、全国最多の記録をさらに更新。同県教委では、他県の銅鐸などとの関係を調べるとともに、18日から開幕する古代出雲文化展大阪会場で展示する。
【写真】西川津遺跡で発見された流水文や渦巻文が描かれた弥生中期の銅鐸片
−11月13日(木)山陰中央新報より転載−